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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)121号 判決 1997年9月30日

神奈川県横須賀市長坂2丁目2番1号

原告

株式会社富士電機総合研究所

同代表者代表取締役

国保元愷

川崎市川崎区田辺新田1番1号

原告

富士電機株式会社

同代表者代表取締役

中里良彦

同両名訴訟代理人弁理士

山口巖

篠部正治

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

同指定代理人

及川泰嘉

青木俊明

今野朗

吉野日出夫

主文

特許庁が平成2年審判第5225号事件について平成6年3月22日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告ら

主文同旨

2  被告

(1)  原告らの請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和56年12月25日、名称を「光起電力装置の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和56年特許願第211728号)をしたところ、昭和62年9月30日、特許出願公告(昭和62年特許出願公告第46074号)がなされたが、特許異議の申立てがあり、平成元年11月1日、異議申立てについて理由があるとの決定とともに、拒絶査定がなされた。

そこで、原告らは、平成2年4月5日、審判を請求したところ、特許庁は、この請求を、平成2年審判第5225号事件として審理した結果、平成4年3月12日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をした。

そのため、原告らは、東京高等裁判所に対し、上記審決の取消訴訟を提起したところ、同訴訟は平成4年(行ケ)第90号審決取消請求事件として係属し、平成5年9月30日、前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)がなされ、その判決は確定した。

それにより、本出願については、特許庁において更に審理されたが、平成6年3月22日、再び「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、同年4月25日、その謄本が原告らに送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

透明絶縁基板上に非晶質二酸化けい素膜を形成し、その非晶質二酸化けい素膜上に1個または複数個の透明電極を形成し、しかる後非晶質シリコン膜を前記非晶質二酸化けい素膜と1個または複数個の透明電極に跨がるよう形成し、次いで必要に応じて1個または複数個の金属電極を形成することからなる非晶質シリコン光起電力装置の製造方法(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、本願前に日本国内において頒布された特許公報及び技術文献には、それぞれ次のような内容に関する記載がある。

ア 昭和55年特許出願公開第107276号公報(以下「引用例1」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明1」という。別紙図面(2)参照)

透明絶縁基板上に複数個の透明電極を形成し、しかる後、非晶質シリコン膜を複数個の透明電極に跨がるように形成し、次いで、必要に応じて複数個の金属電極を形成することからなる、非晶質シリコン光起電力装置の製造方法

イ 昭和47年特許出願公告第12000号公報(以下「引用例2」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明2」という。別紙図面(3)参照)

光導電素子において、ガラス基板すなわち透明絶縁基板中のナトリウム等に起因する、ネサ膜すなわち透明電極の失透を防止するために、透明絶縁基板と透明電極との間にSiO等の絶縁膜を介在させること

ウ 昭和47年特許出願公開第39118号公報(以下「引用例3」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明3」という。)

液晶表示装置において、ガラス基板すなわち透明絶縁基板中のアルカリ等の有害物質に起因する、透明導電膜すなわち透明電極の劣化を防止するために、透明絶縁基板と透明電極との間にSiO2等の絶縁膜を介在させること

エ 昭和54年特許出願公開第99449号公報(以下「引用例4」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明4」という。)

液晶表示装置において、ガラス基板すなわち透明絶縁基板中のナトリウム等のアルカリ金属に起因する、透明導電膜すなわち透明電極の剥離を防止するために、透明絶縁基板と透明電極との間にSiO2等の絶縁膜を介在させること

オ 昭和51年特許出願公告第44394号公報(以下「引用例5」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明5」という。別紙図面(4)参照)

太陽電池すなわち光起電力装置の製造方法において、ソーダ石灰ガラスすなわち透明絶縁基板からのナトリウムが、透明絶縁基板表面に拡散するのを妨げるため、透明絶縁基板表面に、シリカすなわち二酸化けい素の薄膜を形成すること

カ 昭和56年特許出願公開第135968号公報(以下「引用例6」といい、同引用例に記載の発明を「引用発明6」という。別紙図面(5)参照)

非晶質シリコン薄膜トランジスタの製造法において、ガラス等からなる基板すなわち透明絶縁基板上に、SiO2等で構成される絶縁層を形成し、その絶縁層上に、水素化又は/及び弗素化非晶質シリコンからなる半導体層すなわち非晶質シリコン膜を形成すること

キ 日本学術振興会薄膜第131委員会編「薄膜工学ハンドブック」(株式会社オーム社、昭和39年5月25日発行、第I-168頁、以下「引用例7」といい、同引用例に記載の技術を「引用技術7」という。)

ガラス板すなわち透明絶縁基板の表面に、被膜を形成するにあたり、その間にSiOすなわち酸化けい素膜を介在させると、被膜の付着力が著しく向上すること

(3)  本願発明と引用発明1とを比較すると、両者は、透明絶縁基板上に、複数個の透明電極を形成し、しかる後、非晶質シリコン膜を復数個の透明電極に跨がるように形成し、次いで、必要に応じて、複数個の金属電極を形成することからなる非晶質シリコン光起電力装置の製造方法である点において共通するが、次の点において一応相違する。

本願発明においては、透明絶縁基板上に、非晶質二酸化けい素膜を形成したのに対し、引用発明1においては、このような構成を有しない点

(4)  そこで、上記相違点について検討する。

ア 非晶質シリコン光起電力装置と同様に、透明絶縁基板上に透明電極を形成することをその主要な構成要素とする、光導電素子あるいは液晶表示装置において、透明絶縁基板に含まれるナトリウム等の有害物質に起因する透明電極の失透、劣化、剥離を防止するために、透明絶縁基板と透明電極との間にSiO2等の絶縁膜を介在させることは、引用例2ないし4に記載されており、かつ、このSiO2が非晶質二酸化けい素膜であることは当業者にとって自明である。

イ 非晶質シリコン光起電力装置と同様に、透明絶縁基板上に非晶質シリコン膜を形成することをその主要な構成要素とする、非晶質シリコン薄膜トランジスタの製造法において、透明絶縁基板上にSiO2等で構成される絶縁層を形成し、その絶縁層上に非晶質シリコン膜を形成することは、引用例6に記載されており、かつ、このSiO2が非晶質二酸化けい素膜であることは、当業者にとって自明である。

ウ そして、引用例てにも記載されているように、透明絶縁基板の表面に被膜を形成するにあたり、その間に、非晶質二酸化けい素膜と同等のものである酸化けい素膜を介在させて、被膜の付着力を著しく向上させることは、薄膜の技術分野における常套手段である。

また、引用例5に記載されているように、光起電力装置の製造方法において、透明絶縁基板からの有害物質であるナトリウムが透明絶縁基板表面に拡散するのを妨げるために、透明絶縁基板表面に二酸化けい素の薄膜を形成することは、公知である。

これらを併せ考慮すると、引用発明1において、透明絶縁基板上に、非晶質二酸化けい素膜を形成することは、当業者が容易になしえた程度のことといえる。

エ 前記ウのとおり、引用例7に記載されているように、透明絶縁基板の表面に被膜を形成するにあたり、その間に、非晶質二酸化けい素膜と同等のものである酸化けい素膜を介在させると、被膜の付着力が著しく向上することが、一般に知られていることからみて、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に、非晶質二酸化けい素膜を介在させることにより、非晶質シリコン膜の剥離が起こりにくくなるであろうことは、当業者であれば容易に予測し得たものといえるから、本願発明の効果は、格別のものとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用発明1ないし6及び引用技術7に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(2)アないしオについては認め、カ、キについては否認する。

同(3)は認める。

同(4)、(5)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤り、本願発明が、引用発明1に、引用発明2ないし6及び引用技術7を組み合わせることにより、容易に推考することができたものであるとした点において違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  本願発明及び各引用発明、技術について

ア 本願発明について

本願発明は、非晶質シリコン膜による光起電力装置の改良及びその製造方法に関するものである。

ところで、従来の透明絶縁基板上に直接非晶質シリコン膜を設けた光起電力装置では、非晶質シリコン膜の形成(成長)速度を上げると、透明絶縁基板上に直接成長した非晶質シリコン膜部分が剥離しやすくなるという欠点があった。

そのため、本願発明は、この欠点を除去することを課題とし、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させる構成を採用するとともに、それにより、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との剥離を起こりにくくし、しかも、成長時間の短い非晶質シリコン膜を形成することができるという作用効果を奏するものである。

イ 引用発明1について

引用例1には、従来の装置についての上記問題点及び透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させることについての作用効果に関する記載がない。

ウ 引用発明2ないし4について

引用例2ないし4においては、ガラス基板上に設けたSiO又はSiO2等の絶縁膜を透明電極以外の部材に接合させることについて、記載も示唆もない。

エ 引用発明5について

引用発明5は、太陽電池に関するものであるが、非晶質シリコンを用いるものではなく、CdS(硫化カドミウム)を用いるものである。そして、引用例5には「ソーダ石灰(窓)ガラスを、SnOxの被覆に先立ってH2SiF6によって被覆する。その場合の表面は、約268℃とする。酸の影響によって、ガラス表面にシリカの薄膜が形成され、これが、ガラスからのナトリウムがガラス表面へ拡散するのを妨げる。SnOx層が形成されるのはこの薄膜上であり、この薄膜がガラスをSnOxから保護して、ガラスを清澄に保つ。」とある(10欄37行ないし44行)。

しかし、引用例5のFIG.(別紙図面(4))1b、1cに示されているように、引用発明5のSnOxは、ガラス板上の全面に設けられている。そのため、シリカの薄膜を形成した場合、その薄膜はガラスとSnOxのみにしか接触せず、他の部材とは接触しない。

また、引用例5においては、CdSに関しても、ガラスあるいはシリカの薄膜と接合するとの記載がないばかりでなく、示唆すらされていない。

まして、同引用例には、非晶質シリコン膜に関する記載はなく、ガラス板上における非晶質シリコン膜の形成(成長)速度を上げた際に剥離が生じることについても記載はない。

オ 引用発明6について

引用発明6のうち、本願発明と関連のある事項についてみるならば、以下のとおりであり、審決が、本願発明との対比において、「透明絶縁基板と透明電極との間に、SiO2等の絶縁層を形成し、その絶縁層上に非晶質シリコン膜を形成することは、引用例6に記載されて」いる(3(4)イ)としたことは、誤りである。

(ア) 引用発明6においては、ゲート電極101を構成する材料として、透明とはならないAl、Au又はこれらの合金Mo、Pt、Pd等の金属電極が用いられている。

(イ) 引用発明6においては、絶縁層104のための素材として、SiO2の他に、剥がれやすい性質を有することが周知である窒化シリコン膜も使用できるとされている。

(ウ) 引用発明6の絶縁層104は、ゲート電極101と半導体層105との間に介在させることで、素子として作動させることができるものであり、電気的に絶縁を図るためのものである。したがって、上記絶縁層104は、被告の主張するように、半導体層と基板との間に介在させることについて何らかの存在意義を持つというものではなく、ゲート電極と半導体層との間に介在し、ゲート絶縁膜としての利用のみに存在意義を有するものである。

(エ) 引用例6においては、実施例として、スターガー型(別紙図面(5)第1図)の薄膜トランジスタを中心に記載されているが、コプレーナー型の薄膜トランジスタをも含むものとされている。ところが、コプレーナー型においては、基板106上に絶縁層104が形成されず、そこに直接半導体層が形成されるものである。

(オ) 更に、引用例6中には、非晶質シリコン膜の形成(成長)速度を上げると、絶縁基板上に直接成長した非晶質シリコンの部分が剥離しやすくなること、及び、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させることにより、非晶質シリコン膜の剥離を防止できることについては、いずれも記載がない。

カ 引用技術7について

引用例7においては、SiOの下地薄膜を持つガラス基板では蒸着金属との密着性がよくなることが記載されており、蒸着する金属の例としては、Be、Al、Cr、Mn等の金属が示されている。

しかしながら、そこにおいては、非晶質シリコンについての記載がなく、また、シリコンは金属ではない。

したがって、同引用例には、金属でないシリコンについても、SiOの下地薄膜を形成すると密着性が向上するということが記載されているものではなく、示唆もされていない。

そのため、審決における、「引用例7にも記載されているように、透明絶縁基板の表面に被膜を形成するにあたり、その間に、非晶質二酸化けい素膜と同等のものである酸化けい素膜を介在させて、被膜の付着力を著しく向上させることは、薄膜の技術分野における常套手段である。」(3(4)ウ)との認定は誤りである。

(2)  そこで、以上の事実から、本件における各引用発明及び技術を組み合わせることの容易推考性について検討するに、

ア 引用発明1は、審決記載のとおり、「透明絶縁基板上に複数個の透明電極を形成し、しかる後、非晶質シリコン膜を複数個の透明電極に跨がるよう形成」するものであるが、このような引用発明1に、引用発明2ないし5の「透明絶縁基板と透明電極との間に非晶質二酸化けい素膜を形成する」構成及び引用技術7の「蒸着金属とガラス板との間にSiOを介在させる」構成を単に適用しても、それによって、複数個の透明電極と透明絶縁基板との間に非晶質二酸化けい素膜が形成されることになるのみであり、複数個の透明電極の中間に位置し、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜が対向する部分(以下「基板とシリコン膜との対向部分」という。)にも非晶質二酸化けい素膜を形成するという、本願発明の構成を導くことはできない。

イ また、引用発明6も、引用発明1と組み合わせることにより本願発明の構成を導くことができないことは、引用発明2ないし5と同様である。

すなわち、

(ア) 引用発明6においては、ガラス板、SiO2による絶縁層及びアモルファスシリコン層の層構成となる部分があるが、引用例6中には、非晶質シリコン膜の剥離を起こりにくくするという本願発明への契機ないし起因となることを妨げる内容の記載、すなわち、剥がれやすい性質を有することが周知である窒化シリコン膜がSiO2と同等の絶縁膜とされ、かつ、それが、ガラス板とアモルファスシリコン層との間に介在する構成とされている旨の記載が存在する。

したがって、引用例6は、引用例としての適格を欠いており、他の引用例と組み合わせることはできない。

(イ) 引用発明6は、非晶質シリコン薄膜トランジスタ素子として機能させるために、絶縁層が、ゲート電極と半導体層との間に介在することが必須の要件とされている。

このような引用発明6を引用発明1に適用した場合、非晶質二酸化けい素膜は、引用発明1の透明電極の下に形成されず、透明電極と非晶質シリコン膜との間に形成されることになり、光起電力装置として機能するものにはならない。

(ウ) 引用発明6は、非晶質シリコン薄膜トランジスタ素子に関するものであって、本願発明と技術分野を異にしており、かつ、その絶縁層(SiO2)は、ゲート電極からの半導体層(非晶質シリコン)の絶縁を図るためだけに設けられたものである。したがって、引用発明6においては、半導体層をガラス基板に密着させる必然性はなく、それに伴う課題の解決を意図したものでもない。

(エ) 引用例6においては、アモルファスシリコン層がガラス板から剥がれやすい旨の記載がなく、かつ、透明電極も用いていないので、ガラス上に形成する膜、特にアモルファスシリコン層の剥がれという課題認識については、一切考慮きれていない。これは、引用発明6が、剥がれやすい性質を有する窒化シリコン膜を用いていることからも明らかである。

ウ 更に、引用技術7については、蒸着金属とガラス板との間にSiOを介在させると金属の付着力が向上するという、ガラス板に対して金属を付着させる技術に関するものであり、本願発明とはもちろんのこと、各引用例とも技術の異なるものであるから、引用例1ないし6と組み合わせることは困難である。

エ したがって、引用発明2ないし6及び引用技術7を引用発明1に組み合わせることはできず、また、それらを単に組み合わせたとしても、本願発明の構成には至らず、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との剥離を起こりにくくし、成長時間の短い非晶質シリコン膜を形成するとの作用効果を有する本願発明を容易には導き出せないものである。

(3)  以上のとおりであるから、審決は、本願発明と引用発明1との相違点について、その判断を誤ったものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決には原告ら主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  引用発明3及び4について

ア 引用例3においては、SiO2膜の上に酸化錫蒸着膜を作った後、酸化錫蒸着膜を任意のパターンに苛性ソーダ溶液でエッチングすること(2頁左上欄13行ないし17行)、ガラス板面はSiO2等に覆われること(2頁左上欄22行ないし24行)が記載されており、他方、苛性ソーダ溶液は、通常、SiO2に対するエッチング作用を有しないものであるから、エッチングにより酸化錫蒸着膜が取り除かれた部分には、SiO2が残存しているものと解するのが自然である。

したがって、引用発明3におけるSiO2等の絶縁膜の一方の面は露出しており、更に、その上に保護膜等の他の部材があれば、それと接しているものと解すべきである。

イ 引用例4においては、SiO2膜の上に透明導電膜を形成した後、透明導電膜を任意のパターンに塩酸、硝酸及び水からなるエッチング液でエッチングすることが記載されている(3頁右上欄3行ないし20行)。そして、かかるエッチング液は、通常、SiO2に対するエッチング作用を有しないものであるから、エッチングにより透明導電膜が取り除かれた部分には、SiO2が残存しているものと解するのが自然である。

したがって、引用発明4におけるSiO2等の絶縁膜についても、一方の面は露出しており、更に、その上に保護膜等の他の部材があれば、それと接しているものと解すべきである。

(2)  引用発明6について

引用発明6における絶縁層は、ゲート絶縁膜ではあるが、それが、単にゲート絶縁膜としての必要性から設けられたものであるならば、ゲート電極101とその近傍のみに存在することで足りるはずであるにもかかわらず、基板106の全体に渡って存在するものとされていることを考慮するならば、かかる絶縁層104は、電気的絶縁(ゲート絶縁膜としての利用)以外に、半導体層と基板との間に介在させることに何らかの存在意義をもって設けられているものと解するのがむしろ自然である。

したがって、審決における引用発明6についての認定には、誤りはない。

(3)  引用発明7について

引用発明7において、酸化けい素(SiO、非晶質二酸化けい素SiO2と同等のものと考えられる。)下地薄膜の形成によって蒸着膜の密着性が向上するのは、酸化けい素(SiO)膜が化学的に活性であることによるもの、すなわち、酸化けい素(SiO)下地薄膜の存在そのものによる効果である。

そのため、上記蒸着膜の密着性の向上については、その上に形成する膜の種類を問わないものであるから、酸化けい素(SiO)下地薄膜上に形成する膜がシリコンであっても同様な効果が得られるであろうことは、当業者が容易に予測できることである。

したがって、審決における引用発明7についての認定にも、誤りはない。

(4)  そして、原告らは、各引用例には、薄膜の剥離を起こしにくくするという本願発明の課題が示唆されていないから、引用発明1に、引用発明2ないし6、引用技術7を組み合わせることは容易とはいえないと主張する。

しかしながら、引用例2ないし4には、透明絶縁基板上に透明電極を形成する場合において、透明電極を、直接、透明絶縁基板上に形成すると、透明絶縁基板に含まれるナトリウム等の有害物質が影響し、それにより、透明電極が失透、劣化、あるいは剥離を起こすこと、そのことを防止するために、透明絶縁基板と透明電極との間に、非晶質二酸化けい素膜等の絶縁膜を介在させることが記載されている。

そうすると、引用発明1における非晶質シリコン光起電力装置は、透明電極を、直接、透明絶縁基板上に形成するものであるから、透明電極の失透、劣化、剥離等の不都合が起きるおそれのあることは、十分に予測されることであり、透明絶縁基板と透明電極との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させること、すなわち、引用発明1に引用例2ないし4記載の技術を適用することは、当然の配慮ということができる。

その上、シリコンがアルカリイオンの影響を強く受けるため、シリコンに対しアルカリイオンの侵入を防止する必要があることは、半導体の技術分野において周知(乙第6ないし第8号証参照)であり、また、光起電力装置において、透明絶縁基板からの有害物質(ナトリウム)の拡散を防止するために、透明絶縁基板の表面に二酸化けい素膜を形成することは、公知(引用例5)である。

更に、透明絶縁基板の表面に被膜を形成するにあたり、基板と被膜との間に非晶質二酸化けい素膜と同等のものである酸化けい素膜を介在させて被膜の付着力を著しく向上させることは、薄膜の技術分野における常套手段である(引用例7)。

それに加えて、引用例6においては、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に、何らかの存在意義をもって、二酸化けい素膜を介在させることが示されている。

してみると、引用発明1の光起電力装置に対し、引用発明2ないし4の技術を適用するにあたって、被膜である非晶質シリコン膜の透明絶縁基板への付着力の強化及び透明絶縁基板から非晶質シリコン膜へのアルカリイオンの拡散の防止のために、透明絶縁基板と透明電極の間のみならず、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間にも二酸化けい素膜を介在させることは、当業者が容易に想到し得たことである。

更に、非晶質二酸化けい素膜を介在させることにより、非晶質シリコン膜の剥離が起こりにくくなるという本願発明の作用効果は、透明絶縁基板の表面に被膜を形成するにあたり、その間に、非晶質二酸化けい素膜と同等のものである酸化けい素膜を介在させると、被膜の付着力が向上することが一般に知られていた(引用例7)のであるから、当業者において容易に予測することができたものであって、何ら格別のものではない。

(5)  してみれば、引用発明1において、透明絶縁基板の上に非晶質二酸化けい素膜を形成することは、当業者が容易になし得たことであるとした審決の判断には、何らの誤りもない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用例1ないし5の各記載内容、本願発明と引用発明1との一致点及び相違点についても、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要について

成立に争いのない甲第2号証の1(本願発明の出願公告公報)、同号証の3(平成2年4月27日付け手続補正書)、同号証の4(平成3年12月20日付け手続補正書)によると、本願発明の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  本願発明は、非晶質シリコン膜の光起電力装置の改良及びその製造方法に関するものである(甲第2号証の3・1頁13行及び14行)。

2  光起電力装置としては、透明絶縁基板上に非晶質シリコン膜を設けてなる装置が知られている。この種の非晶質シリコン光起電力装置として代表的なものは、別紙図面(1)第1図に示すように、透明絶縁基板1上に透明電極2を形成し、次いで、それらの上に非晶質シリコン膜3を全面に渡って形成し、更に金属電極4を形成してなるものである。

このような光起電力装置においては、非晶質シリコン膜が透明絶縁基板上に直接形成される部分が存在するため、シリコン膜の形成(成長)速度を上げると、絶縁基板上に成長した非晶質シリコンの部分が剥離しやすくなるという欠点がある。

更に、上記のような方法では、非晶質シリコン膜の形成(成長)時間が長く、工程数が多くなるという欠点がある。

この種のシリコン膜の形成は、成長時間が短く、しかも、その膜が剥離しにくいということが望ましい(同1頁15行ないし2頁14行)。

3  本願発明は、上記の欠点を除去して、非晶質シリコン膜の形成(成長)時間がより短くて済み、しかも、薄膜の剥離が起こりにくい、非晶質シリコン光起電力装置の製造方法を提供することを目的として、要旨記載の構成を採用したものである(同2頁15行ないし3頁12行、甲第2号証の4・2頁2行ないし5行)。

4  このように、本願発明は、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に、非晶質二酸化けい素膜を介在させるものであるが、これにより、本願発明は、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との剥離を起こしにくくし、しかも成長時間の短い非晶質シリコン膜を形成することができるという作用効果を奏するものである(甲第2号証の4・2頁10行ないし17行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告ら主張の審決取消事由について判断する。

1(1)  前審決を取り消した前判決における判断内容のうち、本訴に関連する部分の概要は以下のとおりであり、このことは当裁判所に顕著な事実である。そして、本件における審決も、上記判決の拘束力に従った内容のものと認められる。

ア 前判決においては、本訴における引用例1ないし4と同一の引用例(なお、各引用例の対応関係も同一である。)により、本訴における本願発明と引用発明1との相違点と同一の相違点について判断を加えたものである。

イ その結果、前判決は、前訴における引用例2ないし4記載の発明が、「基板とシリコン膜との対向部分」を有しないこと(すなわち、上記各発明においては、透明絶縁基板上に非晶質二酸化けい素膜が形成され、その上に透明電極が形成される構成とされていること)及び上記各発明が、前記第2、2、3記載の本願発明の技術的課題を開示していないこと等を認定した上、当業者において、上記各発明を前訴における引用例1記載の発明に適用しても、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させるという本願発明を、容易に想到することができなかったものとして、本願発明の容易想到性を肯定した前審決を取り消した。

(2)  したがって、本訴においては、前記「請求の原因」3のとおりの審決の内容及び同4における原告らの主張内容からみて、当裁判所は、引用発明1に引用発明2ないし4を適用しても相違点に係る本願発明の構成を想到することはできないとの前判決の判断に従って、引用発明1に、新たに引用された引用発明5、6及び引用技術7を適用することにより、本願発明の「基板とシリコン膜との対向部分」に非晶質二酸化けい素膜を介在させる構成が、容易に推考し得たか否かについて判断すべきものである。

2  そこで、まず、上記各引用例における、「基板とシリコン膜との対向部分」の記載の有無について検討するに、

(1)  成立に争いのない甲第8号証(引用例6)によると、引用発明6は、非晶質シリコン(a-Si)薄膜トランジスタ(TFT)についてのものであり、引用例6には、上記発明について、次のとおり記載されていることが認められる。

「第1図に示されるa-Si-TFT100は、ガラス、セラミックス等から成る基板106上に、ゲート電極101、該ゲート電極101を覆う様に電気的な絶縁層104及び水素化又は/及び弗素化非晶質シリコンからなる半導体層105を順次積層して形成され」(3頁左上欄19行ないし右上欄3行)

「電気的な絶縁物104は、スパッタ法によるSiO2膜、グロー放電堆積法による窒化シリコン膜等で構成され、この外、Al2O3等も有効な材料として使用される。」(3頁左下欄6行ないし9行)

(実施例として)「ゲート電極101を覆う様にして基板106上に窒化シリコンを堆積させて0.12μ厚の絶縁層104を形成した。」(6頁右下欄3行ないし5行)

「絶縁層106(104の誤記)として窒化シリコンの代わりにSiO2のスパッタリング膜(膜厚0.1μ)を用いても同様の傾向が認められ」(9頁左上欄5行ないし7行)

(2)  上記記載からみるならば、審決が、引用例6について、「非晶質シリコン薄膜トランジスタの製造法において、ガラス等からなる基板すなわち透明絶縁基板上に、SiO2等で構成される絶縁層を形成し、その絶縁層上に、水素化又は/及び弗素化非晶質シリコンからなる半導体層すなわち非晶質シリコン膜を形成すること」が記載されていると認定したことに誤りはなく、また、SiO2が非晶質二酸化けい素膜であることは明らかである。

したがって、引用例6には、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に二酸化けい素膜を介在させたものが示されているというべきである。

3  そこで、更に、上記構成を引用発明1に組み合わせることの容易性について検討する。

(1)  まず、上記の引用発明6についてみるに、

ア 引用発明6における上記絶縁層が、透明電極上のゲート電極と非晶質シリコンからなる半導体層とを絶縁するための、ゲート絶縁膜としての機能を有するものであることについては、当事者間に争いがない。

そして、前出甲第8号証によると、引用例6においては、引用発明6について、スターガー型TFTの構造による実施例の説明に続けて、コプレーナー型TFTの構造による他の実施例が示されるとともに、それについて、次のとおり記載されていることが認められる。

「本発明におけるコプレーナー型の構造TFTを作成する場合、各電極、n層、半導体層、及び絶縁層の作成条件は前記したスターガー型の構造のTFTの場合と本質的には同じであって、ただ、それ等の作成順が異なるだけである。

コプレーナー型TFTを作成する場合には、先ず、所定通りの洗滌処理を施した基板を用意し、該基板を堆積室内の所定位置に設置して、グロー放電法によって半導体層を形成する。」(5頁右上欄20行ないし左下欄8行)

イ 上記によれば、コプレーナー型による引用発明6の実施においては、基板106上に、絶縁層104が形成されず、直接、半導体層が形成されていることが認められる。

そうすると、引用発明6においては、透明基板上に直接半導体層を形成することが許されるものと解されるところであり、そうであれば、引用発明6における絶縁層は、透明絶縁基板と、その上に直接形成される非晶質シリコンとが接触することによる問題点を解消するために設けられたものでないことは明らかである。

このことは、前出甲第8号証によれば、引用例6には、「この様な構造のa-Si:H-TFTはゲート電極に一定電圧(VG)を印加し、ソース電極とドレイン電極間の電圧(VD)を変化させた際のソース電極とドレイン電極間を流れる電流(ID)は、VDが小さい領域で殆んど変らず、倍加する傾向を示さない。即ち、所謂VD-ID特性がVDの小さい領域に於いて線型的にならずにVD-ID特性曲線が歪んだものと成り好ましいトランジスタ特性を示さない。これ等は、a-Si:Hから成る半導体層と電極との間に充分なるオーミック接触が形成されていない事に起因している。本発明は斯かる点に鑑み成された」(2頁左下欄9行ないし20行)と記載されていることが認められ、引用発明6は本願発明とは異なる技術的課題を解決するためになされたことからも明らかである。

したがって、引用発明6は、「基板とシリコン膜との対向部分」について、シリコン膜の形成(成長)速度を上げると、絶縁基板と接触する非晶質シリコン膜が剥離しやすくなる等という、本願発明の技術的課題を何ら示唆するものではないといわざるをえない。

また、前出甲第8号証によれば、引用例6には、「電気的な絶縁層104は、スパッタ法によるSiO2膜、グロー放電堆積法による窒化シリコン膜等で構成され」(3頁左下欄6行ないし8行)と記載されていることが認められるところ、成立に争いのない甲第10号証(「DEPOSITION TECHNOLOGIES FOR FILMS AND COATINGS」NOYES PUBLICATIONS 1982年発行)によれば、窒化シリコン膜の性質について、「薄膜の応力は、最も重要な機械的性質で、堆積中の放電状態に応じてとても不安定である。低無線周波数で堆積した窒化物には圧縮応力が加わる傾向があるが、高い周波数(13.56MHz)で堆積すると、その薄膜の応力は放電の出力と圧力によって引伸、または圧縮のいずれかになる。」(378頁1行ないし5行)、「一般に、これらの薄膜の内部応力は本質的には引張りであり、これらの薄膜は高温度(>350℃)を条件としてクラックがはいる傾向がある。」(526頁29行ないし33行)と記載されていることが認められ、窒化シリコン膜は高温度では薄膜の内部応力のためクラックが入りやすい性質のものであって(なお、甲第10号証は、本出願の翌年に刊行されたものであるが、その技術内容に照らし、出願当時の技術水準を示すものと認められる。)、このような薄膜が二酸化けい素膜と代替できると記載されている場合、当業者において、絶縁基板と接触する非晶質シリコン膜が剥離しやすくなる等の課題を解決するため、引用発明1に、引用発明6から二酸化けい素膜の適用の選択を想到することは容易になし得たこととはいえない。

ウ この点について、被告は、引用発明6の上記絶縁層が基板全体にわたって設けられていることからみるならば、絶縁層は、ゲート電極と半導体層との電気的絶縁以外に、何らかの存在意義をもって基板と半導体層との間に設けられているものと主張するが、引用発明6についての前記イの認定事実からみるならば、絶縁層に、上記の「何らかの存在意義」があるものとは認め難いところである。

エ 以上によれば、引用発明6は、本願発明の課題を含むものではなく、また、本件において、他に、引用発明6を引用発明1に適用するための特段の事情も認められない以上、引用発明6については、引用発明1に適用されるための契機を欠くものというべきである。

したがって、当業者において、引用発明1に引用発明6を適用することは、容易に想到されることではないものといわざるを得ない。

(2)  次に、引用技術7について検討するに、

ア 成立に争いのない甲第9号証(引用例7)によると、引用例7においては、引用技術7について、次のとおり記載されていることが認められ、透明絶縁基板と金属薄膜との密着性の向上のために、SiO下地薄膜を設けることが示されているところである。「表面清浄処理を行なったあとのガラス板上にSiOを約5000[A]に蒸着する。このようなSiO下地薄膜をもつガラス基板を使用すると、その上に蒸着膜をつけた際、ピンホールが極端に少なく、また蒸着金属などと密着性が著しくよくなる。この理由は、CrやAlなどの蒸着膜が強い密着性を有することと同じである。(略)CrやAlが蒸着されると基板の陰イオンと結合してきわめてうすい酸化膜層を作るからよく密着すると考えられる。(略)このような考え方で、ガラス基板上にさらにSiOをつけておくと、SiOは準安定であり、蒸着した直後のSiO膜は化学的に活性である。このSiO膜表面上に、たとえばCrやAlなどの酸化されやすい金属を蒸着した場合、ガラス基板やセラミック基板などに直接蒸着した膜よりもいっそう密着性がよくなることが推察される。」(I-168頁14行ないし30行)

そして、被告は、非晶質二酸化けい素(SiO2)と同等のものと考えられる酸化けい素(SiO)下地薄膜の形成により蒸着膜の密着性が向上するのは、酸化けい素(SiO)膜が化学的に活性であるからであり、その上に形成される膜の種類を問うものではないから、酸化けい素(SiO)下地薄膜上に形成される膜が、金属膜ではなくシリコン膜であっても、同様の効果が得られるであろうことは、当業者が容易に予測できたことであると主張する。

イ しかしながら、仮に、被告主張のように、酸化けい素(非晶質二酸化けい素)下地薄膜が、金属薄膜以外の薄膜に対しても、金属薄膜に対するのと同様の効果を奏するものであるとしても、上記甲第9号証の記載内容からみるならば、本願発明における、シリコン膜の形成(成長)速度を上げると絶縁基板上に直接形成される非晶質シリコン膜が剥離しやすくなり、また、非晶質シリコン膜の形成(成長)時間が長いという、シリコン膜の形成過程における技術的課題とその解決方法については、引用例7に明示されていないことが認められ、また、前記アにおける下地薄膜と蒸着膜に関する甲第9号証の記載から、当業者において、本願発明の上記の技術的課題につき予測が可能であったものとも認め難く、その他、甲第9号証中において、上記課題の存在を示唆する記載部分も見当たらない。

ウ そうすると、引用技術7を、前記(2)の構成とともに引用発明1に適用して、「基板とシリコン膜との対向部分」について、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させるという本願発明の構成を想到することは、当業者において容易になし得たものと認めることはできないというべきである。

(3)  更に、引用例5について検討するに、

ア 成立に争いのない甲第7号証(引用例5)によると、引用発明5は、CdSを用いる太陽電池(光起電力装置)に関するものであるが、引用例5においては、同発明について次のとおり記載され、ナトリウムのガラス表面への拡散を防止するために、透明絶縁基板とSnOxの間に、SiO2による絶縁層を介在させるものとされていることが認められる。

「第1b図において、10は窓ガラス基板であり、その上に堆着されたSnOxの層14は、全基板10に共通な負電極を構成しているのであるが、xは正確な組成が知られていないことを表わしている。層14の上には、約2[μm]の厚さの結晶質のCdSの層15が堆着されている。」(5欄26行ないし32行)「ソーダ石灰(窓)ガラスを、SnOxの被覆に先だってH2SiF6によって被覆する。その場合の表面は、約268℃とする。酸の影響によって、ガラス表面にシリカの薄膜が形成され、これが、ガラスからのナトリウムがガラス表面へ拡散するのを妨げる。SnOx層が形成されるのはこの薄膜上であり、この薄膜がガラスをSnOxから保護して、ガラスを清澄に保つ。」(10欄37行ないし44行)

イ しかしながら、引用発明5における上記のSnOxは、上記認定のとおり、透明絶縁基板全面に設けられた電極であるため、同発明は、ガラス基板と透明電極との接触に起因する技術的課題を解決するという点において、引用発明2ないし4と異なるものではなく、本願発明における、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との接触に基づく技術的課題を何ら示唆するものでないことは明らかである上、引用発明5の、ナトリウムの透明絶縁基板上への拡散を防止するという目的ないし作用効果自体についても、そのことが、直ちに、シリコン膜の形成(成長)速度を上げると絶縁基板上に直接形成された非晶質シリコン膜が剥離しやすくなる等という、本願発明の技術的課題の解決を示唆するものとも認めることはできない。

ウ したがって、引用発明5についても、当業者において、本願発明を容易に想到し得るための事由として考慮されるべき余地はないものというべきである。

(4)ア  なお、被告は、シリコンがナトリウム等のアルカリイオンの影響を受けるものであるから、シリコンに対するアルカリイオンの侵入を防止する必要があることは、半導体の技術分野において周知である旨をも主張し、乙第6ないし第8号証を提出する。

イ  しかしながら、まず、成立に争いのない乙第6号証(昭和49年特許出願公開第46679号公報)及び第8号証(昭和54年特許出願公開第69964号公報)によると、それらにおいては、高温(700℃ないし500℃)下で起きるアルカリイオンのシリコンへの混入という問題点と、その解決手段について記載されていることが認められるが、他方、成立に争いのない甲第16号証(電気学会太陽電池調査専門委員会編「太陽電池ハンドブック」株式会社コロナ社昭和60年7月30日発行)によると、本願発明に係るアモルファスシリコン(a-Si)太陽電池は、「比較的低い基板温度(~300℃)でガス反応から形成される」(98頁右欄図4、4、3下2行、3行)ものであることが認められる(なお、甲第16号証は本出願後に発行されたものであるが、上記記載内容は、アモルファスシリコン太陽電池についての一般的な記述であるため、本出願当時における上記の太陽電池の技術水準を示すものとみて差し支えない。)。

そうすると、乙第6及び第8号証における記載は、本願発明に係るアモルファスシリコン太陽電池のシリコン膜に対するアルカリイオンの混入を示唆するものではなく、本願発明の契機となるものとはいえない。

ウ  また、成立に争いのない乙第7号証(昭和53年特許出願公開第47774号公報)によると、同号証においては、半導体装置の絶縁膜としてシリコン樹脂を使用する場合、半導体結晶を強アルカリ溶液中に浸漬してエッチングを行うこと、そのため、半導体表面は、強アルカリ溶液に曝されること等が記載されていることが認められる。

しかしながら、上記のような、強アルカリ溶液中における、シリコン半導体表面のアルカリイオンによる汚染ということと、透明絶縁基板とこれに接する非晶質シリコン膜との剥離等という本願発明の技術的課題とは、異なることが明らかであるから、乙第7号証の記載から本願発明の技術的課題を導き出せるものとは認め難いところである。

エ  そして、本件におけるその他の証拠を参酌しても、光起電力装置の技術分野においては、ガラス等の絶縁性基板から、非晶質シリコン中にアルカリイオンが侵入し、非晶質シリコン膜の特性に対し影響を及ぼすという技術的課題が、本出願前に認識されていたものと認めることはできない。

したがって、本出願当時、被告の上記主張に係る技術的課題が周知であったとして、本願発明が容易に想到されたものと認めることはできないというべきである。

(5)  また、被告は、引用発明3及び4について、エッチングにより、非晶質シリコン膜が、透明導電膜(酸化錫蒸着膜)上のほかに、透明絶縁基板上にも形成されることになるはずであるとして、引用発明1に引用発明2ないし4を適用するにあたっては、当業者において、透明絶縁基板と透明電極との間のみならず、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間にも、二酸化けい素膜を介在させることが容易であったと主張するかのようである。

しかしながら、上記主張は、前記1のとおり、前判決の拘束力に抵触するものと解すべき余地がある上、仮に、上記主張のとおり、引用発明3及び4において、透明絶縁基板上の透明導電膜の存在する箇所以外の部分に、非晶質二酸化けい素膜が残存することがあるとしても、そもそも、上記各発明は、透明絶縁基板と透明電極との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させることを意図したものであって、透明絶縁基板と透明電極以外の間に非晶質二酸化けい素膜を介在させることを本来の構成とするものではなく、また、上記構成からは、透明絶縁基板と接触する非晶質シリコン膜が剥離しやすい等という本願発明の課題が示唆されるものでもないから、いずれにしても、上記各発明から本願発明の構成を想到することは困難というべきである。

(6)  以上によれば、本願発明における「基板とシリコン膜との対向部分」について、透明絶縁基板と非晶質シリコン膜との間に非晶質二酸化けい素膜を介在させることは、当業者において、各引用発明及び引用技術から容易に想到することができたものとは認められないといわざるをえない。

4  したがって、本願発明における、引用発明1との相違点に係る構成について、当業者が各引用発明及び引用技術から容易に想到し得たものとした審決の判断は誤りであり、この誤りが、審決の結論に影響を及ぼすべきことは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れないものというべきである。

第4  よって、原告らの本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は、従来技術の光起電力装置の断面図である。第2図は、本発明の方法によつて製造されたいくつかの光起電力装置の断面図である。

ここで、1は透明絶縁基板、2は透明電極、3は非晶質シリコン膜、4は金属電極、5は非晶質二酸化けい素膜。

別紙図面(2)

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は従来装置を示す側面図、第2図Aは本発明実施例装置を示す平面図、第2図B及びCは天々第2図AにおけるB-B及びC-C断面図である。

(1)…絶縁基板、(8)、(9)、(10)、…第1、第2、第3発電区域、(11)…非晶質シリコン膜

別紙図面(3)

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は、従来の方法による基板ガラス上における半透明電導膜の断面図、第2図は、本発明によるものの断面図

別紙図面(4)

<省略>

図面の簡単な説明

第1a図は、本発明に従つて製造されたパネルの斜視図である。

第1b図は、第1a図のパネルの部分図で、細部を示すため拡大してある。

第1c図は、本発明の1つの種による太陽電池の横断面図である。

10……窓ガラス基板、14……SnOx層、15……CdS層、16……Cu2S層、17……正集電電極、19……負集電電極

別紙図面(5)

<省略>

図面の簡単な説明

第1図は本発明の好適な実施態様例の1つであるトランジスタの構造を説明する為の様式的な斜視部分図

101…ゲート電極 102…ソース電極

103…ドレイン電極 104…絶縁層

105…半導体層 106…基板

107…n+層 108…クリーンサーフエス

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